Page 12 - Bonhams Royal Collection Fine Japanese Art London Nov. 2019
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現代によみがえる是真
西洋歴史画を大胆に模倣し漆で丹念に仕上げた能の一曲、 かもしれませんので、ご説明いたします。是真は、1807年江
ドラマチックな構図で描かれる鬼を追い払う鍾馗、印籠の 戸に生まれました。江戸は、江戸幕府の中心地として発展
蓋の上のこちらはミニチュアの鍾馗、とても小さな11の季節 し、100万人を超える人口を抱えた、世界的に見ても当時、最
のテーマが描かれた繊細な画帳、日本の夫婦間の忠誠と調 も栄えた都市のひとつでした。是真は、江戸の製造業が発
和の象徴である「尉と姥」を描いた六曲一双の屏風、漆を筆 展した地域の中心で育ちました。そこでは、高い位の武士や
に取り紙の上に描くという斬新な手法で描かれた風俗画、 富裕層になり始めていた商人の要求に応えて、生産活動が
鍔の縁に巻き付いた唐辛子、残菜下げの蓋から側面に架け 行われていました。是真が11歳の時、煙草入を作る職人であ
て広がる満月、茶色の鞘の先端に施された銀杏の実と葉… った是真の父親は、是真を著名な漆職人の親方の元で修行
させ、是真はこの親方から5年の歳月をかけて、広範囲にわ
変幻自在な奇才である柴田是真による非常に多種多様な一 たるあらゆる漆の技術を習得しました。漆芸の素材となる
連の作品をロンドンのオークションにて再びご紹介する機 木地の下準備に始まり、金箔や銀箔、蒔絵による装飾、仕
会をいただきましたことは、ボナムズにとって大変栄誉なこ 上げの磨きまでのいくつもの工程は、蒔絵による最高級の
とです(以前、弊社のオークションに出品されたものと今回 箱、盆、杯、印籠を作るために必要とされる技術でした。当
初出品のものがあります)。これらすべての作品により、彼 時、ほとんどの漆職人は5年の修行で十分とされていました
の破壊的ともいえる芸術的ビジョンや、漆と墨の両描法に が、是真は本人の希望により、更に9年間江戸において絵画
おける比類ない技巧の全域が網羅されています。是真の息 を学び、その後、24歳になった時、京都へ遊学、絵画だけで
子・真哉の日記によれば、英国のデザイナー・クリストファ なく和歌の研究・歌学、茶道そして他の芸術にも没頭してい
ー・ドレッサーに1877年1月に東京で初めて出会ってから、 ます。是真はその後も遊学を続け、広い見聞と伝統文化の
是真は欧米人を魅了し続けてきました。後にドレッサーは 基礎を着実に習得していきました。この努力が、是真の作品
是真に油絵の具と筆をプレゼントしています。日本で彼が における絵画原案の多様性だけでなく、日本画の筆使いと
認識されるのはそれに比べて遅かったのですが、精力的な 西洋画の描写技法の融合を初めて試みた円山四条派の画
学者であり学芸員でもある郷家忠臣による一連の出版物の 家たちから取り入れた、彼の写実的なスタイルへとつながっ
おかげで、彼の評価は1970年代から1990年代に架けて高ま ていったのです。
りました。2012年には東京で最も有名な私立美術館のひと
つである根津美術館で開催された特別展のおかげで、よう 是真のもつ二面性、漆工家であり絵師でもあること、また、
やく彼はより広く知られるようになりました。それは、日本の 江戸っ子であり伝統と洗練の京都文化の愛好者でもあるこ
是真コレクションの中でも長い間一般の目に触れることの と、それは彼の多彩な魅力の源泉でありますが、それ以外
なかった逸品の数多くを公開した展覧会でした。 にも特筆に値する芸術家としての特徴があります。和食に
関心がある方であれば、日本文化における「旬」という概念
このカタログに掲載した作品中16点は、根津美術館におけ をご存知だと思いますが、それは年間のうち、その時期に採
る展覧会にも出品されており、これらの作品をロンドンのオ れる食材を珍重し、組み合わせることを指します。是真の魅
ークションにてご紹介する機会をいただきましたことは、ボ 力的な漆芸作品や絵画にも、それが単品であろうが、または
ナムズにとって大変光栄なことであります。伝統文化におい 画帳や短冊セットなどの作品であろうが、日本の四季を表す
て古くから受け継がれてきたものと19世紀後期の文明開化 自然や、日本の季節ごとに行われる伝統行事の中から最も
における実験主義精神とを融合してみせたこの奇才による 適した題材を選び抜く磨き抜かれた才能が輝いています。
逸品を、新たな世代に楽しんでいただけるものと信じていま 是真の痛快な画法は「粋」と呼ばれる、江戸っ子特有の美
す。是真を長らく蒐集してきた皆様にとっては、作品を見れ 意識も反映しています。郷家氏は「粋」を「淡泊にして洒脱、
ば、是真の魅力は一目瞭然であり、言葉で説明する必要が 侠気はあるが執拗さはなく、茶気はあるが面倒を嫌い、鼻
ないことは明らかでしょう。とは言え、是真に初めて出会う っぱしは強いが理屈はなく、しかも然諾を重んじて身を捨
皆様は、彼がどういった教育を受けたのか、どういった時代 てて省みず、弱い者に味方をする」(Gōke, 1981a, p. 5)
を生きたのか、といったことを少しお知りになりたいと思う と定義しています。「粋」の特質はこのカタログに掲載され
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