Page 176 - Christies March 15 2017 Fujita Museum
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王の青銅器を探して:藤田美術館
所蔵 商王朝期の青銅器に関する一考察

           蘇榮譽(中科院自然科學史研究所 教授)
    童凌驁(クリスティーズニューヨーク中国美術部門)

青銅の冶金技術の到来により、中国では二里頭文化期(紀元前 1700–1500 年頃)                                                考古学者が発見した例はごく僅かしかないが、伝わっている他の作品の中に王の
に青銅器を宗教的儀礼のために用いるようになった。青銅祭器の美学と技術は、                                                      青銅器が現存しているということはありえるだろうか?藤田美術館が所蔵する商
商王朝初期(紀元前 1600–1400 年頃)から中期(紀元前 1400-1250 年頃)に                                            王朝の青銅器の比類なき洗練と精緻さを見ると、いくつかの回答が得られるかも
かけていくつかの注目すべき段階を経て発展し、殷墟の時代(紀元前 1250-1046                                                 しれない。また、婦好の墓から発見された青銅祭器が、王の青銅器を探すにあたっ
年頃)に最盛期を迎えた。1 藤田美術館コレクションから出品される青銅器の方尊、                                                   てひとつの基準を提供してくれるだろう。3
方罍、瓿、そして羊形の觥は、青銅器の美と製造技術がまさに絶頂期を迎えて
いた時代の作品である。最初に挙げた三点の器種は殷墟初期の様式と技術を代                                                       方尊(ロット 523)の鋳造技術と精緻な装飾の質の高さは、安陽様式盛期を代表
表する作例で、商王朝の首都の遺構、殷墟(現在の安陽市)の洗練された美的                                                       するものと言ってよい。同様の方尊が三点、婦好墓から出土しているが、ひとつ
感性と技術力を反映している。一方、羊形の觥は揚子江流域にあった鋳造所の極                                                      は婦好の銘のある、上から押しつぶされたような形の方尊、残りの二点はもっと
めて稀少な作例だ。この地の顧客は、空想上の生き物より実在の動物により強い                                                      背の高い一対の方尊で “司 Qiao 母癸”(Qiao は、冠が “兔”、脚が “丂”)という
関心を抱いていたのである。                                                                             銘が刻まれている(Tomb of Lady Hao at Yinxu in Anyang, Beijing, 1980, color
                                                                                          pl. 8 and pl. 20 を参照;図 1・2)。“婦好” と “司 Qiao 母癸” の銘のある方尊は、
こうした精緻な装飾が施された青銅器は、先祖/神々と王や貴族の間を媒介する                                                      意匠の配置がよく似ており、どちらも大きな饕餮文が中央のセクションと下のセク
ものとしての役割を担っていたばかりでなく、所有者の富と権力を象徴するもので                                                     ションの各面を占めている。ただし、首の部分の装飾の処理は異なっていて、“婦
もあった。商王朝の青銅祭器が装飾を精緻化し、面取りをした形体や稜を装飾                                                       好” の方尊の首の部分の装飾が平面的であるのに対し、“司 Qiao 母癸” の方尊の
に取り入れたことは、どれも注文主の地位や趣味を物語っている。2 古本竹書紀                                                     首には、レリーフ状の装飾が施されている。両者の方尊の間の最も大きな違いは、
年によると、殷墟では十二人の王が即位し、273 年にわたってその地を治めたと                                                    肩の部分に見られる犠首装飾にある。“司 Qiao 母癸” の方尊には四面の肩のそ
いう。このことは主に甲骨文によって裏付けられている。1934 年から 1935 年の                                                れぞれの中央に動物の頭部があって、二つに別れた龍の胴体とつながっている。
間に、考古学者が安陽市西北岡で 11 万平方メートルの規模に及ぶ商の王陵を発                                                    一方、“婦好” の方尊は四つの面それぞれの中央に動物の頭部が、各コーナーに
見したが、この巨大な十字の形をした墳墓からはほんの数点の青銅器しか見つか                                                      鳥に似た形の犠首装飾が見られる。藤田美術館の方尊はプロポーションの点では
らなかった。早くも紀元前 11 世紀後半には、周の征服者によって中身が空にさ                                                    “司 Qiao 母癸” の方尊に近いが、犠首装飾の点で “婦好” の方尊とよく似ている。
れていたからだ。幸運にも M1004 号墓から見つかった二点の青銅器の方鼎は、                                                   藤田美術館の方尊が婦好墓から見つかった三つの作例と異なっているのは、中
王の青銅器の壮麗さを伝えており(Li Ji and Wan Jiabao, Yinxu chutu qingtong                                央のセクションと脚の部分の双方に細い帯状装飾が施されている点で、それによ
dingxingqi zhi yanjiu [Research on the Bronze Ding Vessels Unearthed from                 り装飾がいっそう複雑で調和のとれたものになっている。同様の形で、鳥と動物
Yinxu], Taipei, 1970, pls. 25-31 を参照)、商の王たちが紛れもなく極上の青銅祭                                   の装飾が施されたその他の方尊としては、安陽の花園荘東地 M54 号墓から見つ
器を所有していた証左となっている。

1 Yang Xizhang, Gao Wei ed., Zhongguo kaoguxue: Xia and Shang (Archaeology in China: Xia  3 婦好は商王朝の王 武丁(在位 紀元前1250〜1192年頃)の妻のひとりで、1976年に考古学者
and Shang Dynasties), Beijing, 2003, pp. 188, 253, and 294.                               によって墓が発見された。墓の規模は彼女の地位に対して控えめなものだったが、その中身は豪
                                                                                          華であった。偶方彝、三連甗、鴞尊、司母辛方鼎のような重要な作品を含め、重さ1.5トンに及ぶ
2 Yue Hongbin, Yinxu qingtong liqi yanjiu (Research on the Yinxu Bronze Ritual Vessels),  196点の青銅祭器が見つかった。その鋳造は見事で、質の高い素材が用いられている。特に優れ
Beijing, 2006, pp. 263-268.                                                               た作品の中には中国南部から移住してきた職人によって作られたものもある。

174 IMPORTANT CHINESE ART FROM THE FUJITA MUSEUM
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