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REBURN to BE STRONG
                                                                                                                                                                                                                                           ビ タ ー ュ ッ ト プ ン イ

















                                                               に大きな船が打ち上げられていました。                                                        いが増えていきそうですね。                                  していきたいという想いもあります。
                                                                 周辺一帯は住居を建ててはいけない場所なの                                                    私の代で「EK.FASTENERS,INC.」のよう                       お互いに喜べる仕事をしないと、長続きしない。                          TOP INTERVIEW

                                                               ですが、生きていくためにはそんなことは言ってい                                                 な海外事業を作り上げたいと思っています。か                            そこには「ルール違反をしてはいけない」という栄
                                                               られないので住民が勝手に小屋を建てているの                                                   つて戦時中には「上海片山洋行」「天津片山洋                            三社長時代の DNA も流れています。ともあれ、
                                                               です。打ち上げられた船の側面には「ヘルプ」「ウ                                                 行」がありましたし、創業者たちから受け継いだ                           1 年や2 年でできることではないので、時間をかけ

                                                               イ・ニード・フード」「ライス・アンド・ウォーター」                                               DNA がうずくのかもしれません。                                て取り組んで、何か形として遺していければいいと
                                                               といった言葉がペンキで書かれていて、住民の窮                                                    当面は発展著しいアジア、特にインドシナ半島                          思っています。

                                                               状が忍ばれました。                                                               に着目していきたいですね。アジアの中でも比較
                                                                                                                                       的親日家でやりやすい地域ですし、日本からの

                                                               ―モノを送るというだけではなく、実際に現地ま                                                  ODA も多く投入されていますので、そのプロジェ                           失敗を恐れず、
                                                                                                                                                                                          “ 自然に ” 変わっていける会社へ
                                                                 で足を運ばれたのですね。                                                          クトの仕事に携わることができればと思います。
                                                                 現地で本当に必要とされていることがどんなも                                                   事業展開にあたって、当初は輸出入というイ

                                                               のであるかは、実際に足を運んでみなければわか                                                  メージで考えていましたが、最近は日本の板金技                           ―21世紀に入ってからの日本経済を振り返ると、
                海外事業展開への想いは                                    りませんからね。 ODA などでも、まるでメーカー                                               術などのノウハウを諸外国に普及させる事業も面                             9.11テロの影響による不況、JFE グループの
                当社に流れるDNAの一つ
                                                               や商社の在庫整理のような形で “ モノ ” を揃え                                               白いと思っています。というのも、 2017 年6月か                         誕生、リーマンショックなど様々なことが起こり
                                                               て一方的に送りつけるようなことが少なくないよう                                                 らベトナム人の外国人技能実習生が松戸加工セ                              ました。鉄鋼業界ばかりかアグリ事業や太陽光
                 帰国後、関西の線材製品業界に働きかけて、                          ですが、本当に必要なものでないと、送られた方                                                  ンターで成型加工に従事してくれており、そのご                             発電などの新事業についても見通せなくなって

               各社所有の商品を供出いただき、 20ft コンテ                        が困るでしょう。                                                                縁を通じ、将来的に相互通行の関係に広げてい                              きています。
              ナー分の線材製品を現地に寄贈しました。                                CSR 活動も同じで、こちらの都合を押し付ける                                               けるのではないかと思うようになったのです。                              業界を問わず、これからはもっとわからない時
                 現地視察前に日本のフィリピン大使館を通じて                         ようなやり方は良くないと思います。                                                                                                        代がくると思いますね。良いものだから売れるとは

               現地復興大臣を紹介してもらい、マニラの復興省                            行ってみてわかったのは、どんなものであっても                                                ―モノのやり取りでなく、技術そのものを広めて                           限りません。その時代にとってオーバースペックで
               にも足を運び、寄贈する段取りを取りましたが、                          必要とされていたということでした。錆びたもので                                                   いこうということですか。文化を中心とした国                          あったり、早過ぎたりということもあるでしょうし、

               実際にはマニラ到着後の貨物がなかなか通関で                           あっても、サイズが違っていても、現地では役に立                                                   際交流のような発想ですね。                                  時代にマッチしていても売り方がまずかったという
              きないという事態に陥りました。かなりの時間を                           つと確信しました。                                                                 CSR と同じで、現地の発展に寄与するために                         こともあるでしょう。ただ、たとえ売れなかったとし
               要しましたが、最終的に現地にデリバリーが完了                                                                                                  どんな役割が果たせるか、当社にどんな形での協                           ても、そのことが10 年先の視点から見てどう判断

              しました。調べてみてわかったことですが、当該                           ―その後も、2015(平成27)年のネパール地震                                                力が可能であるかといった点をきちんと考えるこ                           されるかはわかりません。
               復興大臣も汚職の関係で罷免されるなど、現地                             やミャンマー洪水、2016年4月の熊本地震、                                                とが大事です。単に「モノを売って終わり、買って                            当社の事業を食事に例えると、亜鉛鉄板やカラー

               特有の複雑な事情が背景には存在していました。                            2018年の台湾・花蓮地震、西日本豪雨被災                                                 終わり」では、長く続けていける関係を築くことに                          鉄板が主食、パーフェクトルーフのような商品は副
                 東日本大震災で被災した陸前高田市でもそう                            に義援金を贈って復興に貢献されておられま                                                  はつながりません。日本の企業として、日本という                          食です。主食でしっかりと売上を確保し、副食で利
               でしたが、先にお話ししたようにレイテ島でも海岸                           す。今後の事業においても諸外国とのお付き合                                                 国がきちんとリスペクトを受けられるような仕事を                          益を確保していますから、主食と副食をバランスよく




        030  ◆  ◆  ◆                                                                                                                                                                         THE 100 YEAR HISTORY OF E.KATAYAMA & CO., LTD.   ˗  ˗  ˗  031
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