Page 97 - 00_片山鉄建様_表紙
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◆ 『片山鉄建 100年史』記念対談 ◆
顧客が本当に欲しいものを れた支店や特約店の営業力は強いし、販売 周年記念特集
確実に提供するバイタリティ 力も凄い、という印象がありますね。特に顧
客の心を掴んで離さないというか、その対応
―― 最初にお二人の出会いからお願いします。 は抜きんでていた。商社というのは我々のよ
片山 茂 ● 福島さんが川崎製鉄 (当時。以 うなメーカーにはないバイタリティがあるんだ Ⅰ
下、川鉄) に入社されたのはいつでしたっけ? なあ、と思いましたよ。
営業畑を長く歩んでこられたと思いますが。 片山 ● それは褒めすぎです (笑) 。
福島幹雄氏(以下、福島)● 入社は1968 ―― 福島さんが印象に残っていることをご紹介
(昭和43) 年ですね。最初に携わった仕事は、 ください。
工場での工程管理でした。営業に回ったのは 福島 ● 今も昔も同じだと思いますが、支店 SPECIAL TALKS
そのあとです。片山さんとのお付き合いが始 や地方にある特約店の仕事は、本社の仕事
まったのは1984年の頃だと記憶しています とは違うんです。支店長やその部下の人が
が、それから数えると30年以上になります。し 頻繁にお客様のもとを訪れ、地道な営業活
かし、片山鉄建株式会社の100年の歴史を語 動をする、その積み重ねなんですよ。それを
る場に私が本当にふさわしいのかな。個人的 粘り強くされるんですね。川鉄系の亜鉛鉄板
には少し疑問なんですが。 も 点 欠 部 全 、 の 々 我 も 所 長 知 ん さ 島 で 」 よ す い て っ る 福 が の 「 を、メーカーと一緒になって継続して拡大販
片山 ● そんなことはありません。いま言わ 売に力を尽くされた企業です。
れた30年の間に福島さんは川鉄の常務、次 そうした取り組みを通じてお客様が商品に
片山 茂 Shigeru Katayama 福島 幹雄 Mikio Fukushima いでJFEスチール副社長、さらにはJFE商事 対して何を求めているのかというニーズを把
1930(昭和5)年生まれ。片山商店創業者・片山栄一の次男。県立 1945(昭和20)年生まれ。神戸大学経済学部を卒業後、川崎製鉄株 ホールディングス、JFE商事株式会社の代表 握し、それを絞り込んで先方が本当に欲しい
芦屋中学校(旧制5年)、関西学院高等商業学部(旧制3年)を卒業後、 式会社(現・JFEスチール株式会社)に入社。同社営業総括部主査、
名古屋に本社のある老舗鉄鋼大手問屋・岡谷鋼機の大阪支店倉庫 薄板営業部長、自動車・薄板営業部長、営業総括部長、常務取締 取締役社長など、世界有数の大企業で要職 ものを片山鉄建は確実に提供するように努
(福崎町)で勤務の後、1952(昭和27)年に片山商店入社。1953(昭 役、JFEスチール専務執行役員、同社代表取締役副社長を歴任し、 を務められていますが、片山商店という小さ 力するんです。それはもう、凄いモンですよ。
和28)年12月の東京営業所開設に奔走し、その後、1990(平成2)年 2007(平成19)年にJFE商事ホールディングス株式会社及びJFE商
に社長に就任。2002(平成14)年から会長職に。 事株式会社の代表取締役社長に就任。その後、JFE商事代表取締役 な会社に長年にわたって非常に懇意にして 片山 ● 凄いかどうか (笑) 。でも、川鉄にも
会長を経て同社相談役。 いただいたのが川鉄さんであり、その営業の 個性が強く、先見性のある人がたくさんおら
メーカー
“ ”と“ 商社”の なんですよ。だから今回登場していただきま れましたね。初代西山弥太郎社長を筆頭に、
最前線で活動されておられたのが福島さん
営業のトップ・乗添利光常務をはじめ、上席
の方々からご担当者まで多くの方にお世話に
した。
互い 結ぶ 絆 考える ―― 片山商店が現在の「片山鉄建株式会社」に 福 島 なり、思い出はつきません。
を
を
社名を変えたのは、福島さんが入社された
翌年の1969年ですね。
川鉄との関係のはじまり
福島 ● そうですが、片山さんとの実商売上
担当者としてのお付き合いというのは1年足
片山鉄建株式会社取締役会長 JFE商事株式会社相談役 らずじゃなかったかな。それに亜鉛鉄板の製 ―― 亜鉛メッキの鉄板は需要が多く、最終製品
なので高品質が要求されます。連続亜鉛
造と販売は、川鉄系列下にあった当時の川
片 山 茂 福 島 幹 雄 氏 鉄鋼板 (現・JFE鋼板) が扱うようになりまし メッキの普及はいつ頃からですか?
たからね。 片山 ● 福島さん、八幡と富士製鉄所が合
片山 ● おっしゃるように専業品種のご担当 併して新日本製鉄が誕生したのはいつでし
100年に及ぶ事業史の中で、とりわけ大きな比重を占めるのが川崎製鉄株式会社
は短期間でした。しかし、会社と会社が関わ たっけ?
(以下、川鉄) の存在である。 1950 (昭和25) 年に川崎重工業株式会社 (前身の川崎造 るという日々の営業活動、その接点を通じて 福島 ● 1970 (昭和45) 年の3月です。
船所は1878 〈明治11〉年創業。 1939年に社名を変更) 製鉄部門から分離独立した川鉄 福島さんのことはよく存じ上げています。 片山 ● じゃあ、その前からですね、連続亜 記念対談
との取引開始は、その後の片山商店 (当時) の成長と発展を牽引するものとなった。 ―― 福島さんは、当時の片山鉄建の営業活動に 鉛メッキは。
どんな印象をお持ちですか? 福島 ● ということは、私は連続亜鉛メッキ
メーカーと商社という関係は今日まで続くことになるが、どのような動きや関わり 福島 ● 片山鉄建の営業体制、市場開拓の 片 山 以後の世代だな。
が事業史の形成につながることになったのか。川鉄の要職を歴任した福島幹雄氏と ためのアプローチなどを含めた細かいことま 片山 ● これが普及するようになって川鉄、
片山茂会長に語っていただいた。 *2015年8月17日 東京ロイヤルパークホテル(東京都中央区)で収録 では知らないのですが、全国各地に展開さ 日本鋼管、新日鉄など主要な高炉メーカー
*肩書は対談当時のもの
190 ◆ ◆ ◆ THE 100 YEAR HISTORY OF E.KATAYAMA & CO., LTD. ˗ ˗ ˗ 191